かわなべひろきのブログ

日々の雑感とか

お寺にて〜法話編〜

前回の続き。

 

祖母の三回忌法要で訪れたお寺にて、

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(イメージ画です)

 

件のお坊さん、読経のあと、

「本日はお疲れ様でした、最後に私の方から本日の法話をさせていただきます…」

と。

 

いったいどんな話をしてくれるのかな。

こうゆうときのお坊さんの法話、何気に僕は楽しみにしてるんです。

気持ちがスッキリしたことが今まで何度もありました。

 

 

見れば今日のお坊さん、どう見ても僕より歳下。

お坊さんが歳下というのは僕の人生で初めての経験。

 

(ほう…キミのような若僧が俺に?どれ、聞かせてもらおうか…。)

 

という、歳上というだけで相手より優位に立とうとするイタい自分が、お寺という敬虔な場所でもガンガン顔を出してきました。(ほんとに俗物だなぁ僕は) 

 

そうして、お坊さんが話し始めました。

話を聞き終えた感想から先に言うと、

 

 

退屈が飽和しました

(法話だけにな!やかましわ)

 

 

僕の感覚が狂ってる可能性も否めないので、同じく参列していた身内に一応、感想を聞いてみました。

「何が言いたいのか、全くわからんかった…」妹談

「話長かったね…」義姉談

「早よ終わってくれって思った」兄談

「話、へたやったねぇ」母談

 

満場一致のマイナスジャッジ。すごい。

 

ただ、僕は、前回のブログで綴ったように、人にも自分にももっと寛容になりたいと思っているので、退屈が飽和したのは事実として、

それをストレスに感じることはなく、ただ頬に吹きつける風を感じるようにお坊さんの法話を聞いていました。

 

そしてそれはまるで、

マチュアミュージシャンの(ダメなパターンの)ライブMCを聞いてる心地がしました。

 

うんちく多め。ユーモアなし。遠い目。

 

起承転結、という言葉がありますが今回の法話に関しては、

起転転転転転

といった感じで、1つ1つのエピソードが全く結びつくことなく、転じて転じて転じていつの間にか終わっていました。

 

「like a rolling stone」 というロックにおけるボブディランの名曲がありますが、まさに転がって転がって転がり続ける石のような法話。

 もはや、法話という名のロックンロール

僕の中で、このお坊さん

ダメなパターンのライブMCをするロックンローラーだな、という結論に達しました。

 

まさか、祖母の三回忌法要の場で、こんなロックンロールショウを見られるとは夢想だにしませんでした。 

 

 

人は誰しもロックンローラーな部分を持っています。

思い返せば、僕の祖母の場合は

すき焼きロックンローラーでした。

 

幼い頃祖母の家に行くと、LPガスのデカいボンベ式の卓上コンロで、いつもすき焼きをご馳走してくれました。

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(こんなやつ)

 

このボンベを見ると、祖母の家に来たなぁという感じがしました。

すき焼きロックンローラーである祖母にいつも、ぼくの味覚はRockされていました。

肉と味覚のコール&レスポンスが鳴り止みませんでした。

 

美味しい料理に欠かせない一番の味付け。

それは、

一緒に食卓を囲んでくれる人の存在

だと、今にして僕は思います。

 

幼い僕たち兄弟を、あたたかい料理で、食卓で、笑顔で包み込んでくれたすき焼きロックンローラーである祖母に、改めてありがとうの思いがこみあげます。

 

「Knockin' on heaven's door」という、ボブディランの曲がありますが、天国の扉を叩き旅立っていった祖母のロック魂を僕も受け継ぎ、今生を僕なりに精いっぱい生き抜いていこうと、この三回忌を機に思うことでした。

 

末筆ながら、

 

本当にありがとう、ばあちゃん。