かわなべひろきのブログ

日々の雑感とか

【懐かしい人のこと】

20代前半の頃、とある雑貨品のメーカーでアルバイトをしていた僕は、そこでショウちゃん(仮名)と出会った。


ショウちゃんは世間的に言われる、いわゆる知的障害者。(障害者って言い方好きじゃないけど…)

支援施設の斡旋で「障害者枠」で会社に雇われ、物流倉庫内の不要なダンボールを畳んだり、ゴミを捨てたりといった仕事に従事していた。

同じ持ち場で働いてた僕らは自然と仲良くなった。
ショウちゃんも、本当に僕のことを好いてくれた。
仕事帰りに一緒にご飯食べに行ったり、休みの日に出かけたりもした。


それまで知的障害者と呼ばれる人達と、ほとんど接点を持ったことのなかった僕にとって、ショウちゃんとの出会いは驚きの連続だった。

ひとくくりに知的障害といってもショウちゃんのそれは軽いほうで、日常会話も問題なければ、教えた仕事をきちんとこなすこともできた。

ただ支援施設の担当者の話によれば、理性が効かず感情をコントロールできなくなることがたまにあるという。

要するに子どもと一緒。
オッサンの姿形した子どもなのだ。
不機嫌になれば泣きわめいたり、騒いだり。
喜びの表現も、文字どおり飛び跳ねて喜ぶといった様子だった。




僕はショウちゃんが、大好きだった。

ショウちゃんは当時40歳位のオッサンで、なかなか興味深い顔面をしていた。


福笑いをふざけてやってもそこまでいかんぞ!
という域の、散らかった顔面だった。


オマケに頭に「超」がつく汗っかき。
入社した初夏のころは、多摩川を泳いで渡って通勤してるのだろうか…と不安になるくらいずぶ濡れだった。



僕がショウちゃんのことを好きな理由。
とにかくピュアな人で、詩人だった。






土砂降りの雨の日に、

「なべっち〜(僕のこと)。まったくよぉ、雷さまが急にバケツひっくり返すもんだからずぶ濡れだよ〜っ」


とか、


一緒の帰宅路、僕の自転車の後ろに乗りなよと言えば。

「二人乗りしたら自転車かわいそうだよ〜、自転車のお母さんも悲しむよ〜。




とか、


「一緒にすき焼きやろうぜ」ってことで僕の家に招いた時、ショウちゃんの足から、この世の終わりみたいな異臭がしたので、指摘すると、

「なべっちごめんよ〜っ!!一旦家帰って洗ってくるよ〜」

「いやいや、俺んちの風呂場でいいから、洗っておいでよ!」

僕らの家は電車とバスを乗り継いで往復3時間はかかる距離。
家で洗ってもこっち来るまでの道中に汗かいて、またこの世の終わりみたいな臭いになるの目に見えてる。

それだと、この世の終わりが終わらないことになってしまう。

頼むから一旦帰んな!



ほかにも、


夏の日、外の作業を終え冷房の効いた室内に戻ると


「フオォーッ!!つかまえたーーーっ!!」
と、飛び上がって歓喜してみせたり。

(今だに意味不明、冷気をつかまえたということだろうか…とにかく喜んでいたことは確か)
 


一緒に過ごした短い期間の中で、僕にとって印象的なエピソードをいくつも残してくれた。

これら全て狙ってやってない、純粋にショウちゃんから滲み出てくる表現だった。


僕はショウちゃんといると、自分がいかにつまらん人間で、どれほど作為に満ちた、世俗の垢にまみれた存在かが暴かれるようで、凹むこともあった。

一方で、自分の遊び心をくすぐってくれる、また、物事に対してのピュアな感じ方を思い出させてくれる、本当に貴重でありがたい友達でもあった。


散らかった顔面に備わった片方の目は、いつもキラキラっとしていてた。
(もう片方は失明していた。)





ショウちゃんは、ある日突然会社に来なくなった。
色々と事情があったらしい。


携帯も持ってなかったので、連絡もぷっつり途絶えてそのまんま今に至る。
四季も七回、巡った。



元気でやってるかなぁ…。
と、今だに懐かしくなる。



もういくつ寝ると、お正月。

福笑いより散らかった顔面で、福笑いでもして元気に過ごしてくれてるといいなぁ、と思う。



〜完〜




*おわりに…


もしTwitterFacebookなど各種SNSをやっている方いらっしゃったら、シェアをして頂ければ、しばし懐かしさに浸れるそうです。

あざす。


川邊 大紀